もくじ
◎ エル・エンジェル校生徒初めての来日 暦では冬が立つのですが、小春日和という言葉があるように冬という感じがしません。
しかし日はどんどん短くなり、日によっては息が白くみえたりすることもあり、何となく寂しさを覚えます。
“優秀な生徒を日本に招待する”という初めての大きなイベントにあたり、教師や生徒の感想や、日本での受け入れ等についてまとめました。来日する方も迎える側も一生懸命で楽しく過ごすことができました。皆様どのような感想をもたれるでしょうか!次回をもの実現に連がりますようご支援をお待ちいたします。
シラのお母さん
日本行きが叶い夢のようです。こんなチャンスがくるとは思ってもみなかったです。これもエル・エンジェルスクールがあるからこそです。日本の皆さん、ありがとうございます。
レカナトのお父さん
日本に子どもが行って、いろんなことを学び帰ってきて欲しいです。日本で見たことを大勢の人に伝えて欲しい。また、それを励みにして勉強してくれれば最高です。もし他校で学んでいたらこんなチャンスは無かったはずです。日本の皆様、ありがとうございます。
サビナのおばあちゃん
孫が日本に行けるのはとっても嬉しいです。我々家族も日本から帰ってきて、いろんな話をしてくれるのを楽しみにしています。大きくなって帰ってきてほしい。日本の皆様、ありがとうございます。
へムラジェのお父さん
日本に行っていろんな事を見て学んで帰ってきてほしい。それを皆に伝えて頑張ってほしい。頑張ればチャンスが廻ってくると思うし、子供たちも良くなると思う。このチャンスを下さった日本の皆様に感謝で一杯です。
・教師
生徒が日本に行くことについて
4人行くことは、コミュニケーションがとれて非常に良い計画だと思います。
昨年計画が中止になったことについて
この一年間に子どもたちに日本の良さを伝えることができて良かった。
他の生徒の様子
自分たちも勉強すれば機会を与えられると励みになる。チャンスを貰えるので喜んでいる。
・ 来日した生徒
Miss.Shila Paudel(15才)
家族は父母、兄弟の四人家族。2001年に授業料が安く授業の質が良いのでエル・エンジェル校に転校した。将来は産婦人科医になりたい。家では毎朝1時間、夜2時間勉強している。学校まで近道を通って徒歩で45分かかる。
Miss.Sabina Gautam(14才)
祖父母、父母、姉、妹の7人家族。2000年に授業料が安く授業が英語でやっていることや豊富なカリキュラムがあり、良い教育を受けられるため転校した。将来は看護婦さんになりたい(日本で勉強したい)。家では毎朝2時間夜2時間勉強している。
Mr.Lekhanath Gautam(13才)
父、母、弟、の4人家族。2000年に教育の質の良い、エル・エンジェル校に転校、将来は心臓外科医になりたい。チャンスがあれば外国で勉強したい。
自宅の部屋が土壁なので新聞紙を壁に貼っている。 家では毎朝2時間夜4,5時間勉強している。
Mr.Hemraj Pdudel(15才)
祖父母、父母、兄、の6人家族。授業が英語でやられていて教育レベルの高いエル・エンジェル校に2000年に転校。将来の希望は心臓外科医になり、村には心臓病の人が多いので病気の人を助けたい。 米国で学びたい。勉強時間は朝2時間、夜2時間。
今回、成績上位のエル・エンジェル校生徒たちを迎えるにあたり、多くの方々にご協力いただきました。 準備にあたり、食事のこと、着替えのこと、迷子になった時のことを考え名札を揃える等皆様お心ひとつになって考えて下さいました。
当日はウエルカムと大きく書いたパネルを掲げ、大きなプレゼント袋(熊のぬいぐるみ・ジャージ上下、カメラ、Tシャツ、日用品等)を用意し、この日を待たれました。
沢山の方のご出席のもと歓迎会が催され、生徒たちもナマステ、サンキューと笑顔で応えてくれました。
| 19日 | ネパール、カトマンズより関空着 神奈川ホームスティ泊 |
| 20日 | ディズニーランドへ ホテル泊 |
| 21日 | 東京見学(科学館等) 神奈川ホームスティ泊 |
| 22日 | 海老名市長訪問 羽田~福岡へ 船で姫島へ 福岡ホームスティ泊 |
| 23日 | 姫島(魚つり、食事作り等) 福岡ホームスティ泊 |
| 24日 | 姫島~福岡~広島へ マツダミュージアム見学等 広島ホームスティ泊 |
| 25日 | 広島見学(原爆ドーム、平和記念資料館等) 広島ホームスティ泊 |
| 26日 | 広島~関空へ ネパール、カトマンズへ |
海老名を9時半に出発、総勢12名、東京ディズニーランドへと向かいました。
駐車場から入場ゲートをくぐるまでの間、カメラのフイルムが無くなってしまうんじゃないかと思うくらいの勢いで4人はシャッターを切りまくり「まだこれからだよ」と何とか説得し、やっと入場。中に入ると夢の様なお城や建物、そして人の多さに目を白黒。まずは船に乗りジャングルの中を探検していくアトラクションへ。川の中からいきなり顔を出す大きなワニや、今にも襲い掛かって来そうな牙を剥いたトラに歓声が上がりました。二手に分かれ男の子達は念願のジェットコースターへ。スタッフの方の配慮で最前列に乗り込んだ2人は
「エキサイティング!スリリング!」
の連続でした。女の子達はカントリーベアのショーがお気に入りだった様で瞳を輝かせて見入っていました。色とりどりの衣装とダンスのパレードには全員大感激!
長旅の疲れもあり、長い待ち時間、慣れない人ごみの中での移動など大変な事も多かったとは思いますが、4人にとって思い出の1日になりましたようにと、心からそう願っています。
渋谷から地下鉄を乗り継ぎ科学技術館に行きました。
まず受付で英語のプログラムをいただき二階から回りました。
オーロラが発光するコーナでは、身体を動かすと光が画面にでます。日本の小学生が大勢来ていてダンスをしたり、手を動かしたりして楽しそうに画面を見ていましたが、ネパールの子は少しはずかしそうでぎこちなく身体を動かしていました。
自転車こぎでモーターを回すことにより音楽が鳴ったり、扇風機が回ったり、疲れて休むと音が出なくなり又、必死でこいでモーターを動かすことで起きる科学を身を持って体験していました。みんなのくるま(自動車)のコーナーでは、ドライビングシュミレータで運転していましたが少し難しそうでした。
一番楽しそうだったのは、おもしろテクノスタジオで写真を撮った時でした。
まず、自分の顔の写真を撮り、次にパソコンをいじり自分の顔のおデコ、マユ、目、ほほ、口あらゆる箇所をひっこめたり、飛びだしたり顔が七変化するのです。普通の自分の顔と七変化の顔とを係りの人がすぐにコピーしてくださりみんなで大笑いしました。
すぐにパソコンの操作を覚え何度も繰り返し遊んでいました。
シャボン玉のコーナーも楽しそうでした。人を包み込んだシャボン玉が出来、中からそっと吹くとシャボン玉が揺らぎます。一人一人係りの人にやっていただきました。いろいろなものを楽しみ一日いても面白いものがいっぱいワクワクでしたが、次の東京タワーに移動しました。
東京タワーでは高さに驚き、回りの景色を眺め海が見えると喜んでいました。
土産物にも興味を持ちどれにしようか悩んでみんな同じタワーの模型にしました。
Sさんが東京見物にあたりいろいろ下見をしてくださり、ネパール料理のお店も何件かある中で選んでくださいました。前日の夕食の時、とても喜んで山盛り食べ元気を回復したからという事で、今日のお昼もネパール料理です。
生徒たちはうれしそうに山盛り食べまた疲れも飛んだようです。ネパールの方が何人かいられ楽しそうに話していました。東京は子供たちの目にどのように写ったのでしょう。はりめぐらされた地下鉄、自動切符、行きに見た千代田図書館、大きな建物のすべてが図書館ということに目を丸くしてびっくりしていました。ネパールに帰りすべての映像をゆっくりかみしめてみてくれることと思います。
神奈川地区滞在最後の夜、男子、女子に分かれてボランテイアの家にそれぞれホームステイする計画にそって、女子2名(サビナさんとシラさん)に自宅で一晩宿泊していただきました。
その日の夕刻辻堂駅まで案内して来られたボランテイアの方から女子生徒を引き継ぎ、自宅へ連れて帰りました。 2名の生徒のうちサビナさんは来日前から風邪気味で微熱がつづいて元気がなかったようです。 家に着いてすぐに体温を測ると37.8度もあり、一寸びっくりしました。 早速市販の風邪薬をのんでもらいました。 本人は大丈夫としきりに言っていましたが、見た目にも疲れているようでした。
家に着いた頃は夕方6時をまわっていたので外は暗くなっていました。 明るいうちに到着できれば、家から歩いて15分程にある湘南海岸へ案内できると考えていましたができなかったので2人に海が近いことなどを説明したら驚いていました。
夕食前にシラさんに純日本風振袖の試着にチャレンジしてもらいました。(サビナさんは微熱があり希望しませんでした。) 髪型を和風にきれいにセットして、振袖の着物の着付け作業を手伝って大変美しく仕上がりました。 振袖の柄も若者向きで、良く似合っていると誉めてあげると喜んでいました。 結婚式の花嫁のような艶やかさで、その容姿を場所を変えて幾たびも記念撮影してあげました。 娘にはネパール民族衣装のバンジャミを着用させて一緒に並んだ写真も取りました。
夕食は彼女たちが好みそうなネパール風料理を用意しましたが、インド料理の遅い昼食を取ってきたので余り食欲がありませんでした。 夕食後ネパール民族音楽のCDをかけてあげると、彼女たちは自らボリュウムをあげて口ずさんでいました。
食事の後片付けのとき、娘が台所でお皿などを洗っているのを興味深く眺めて、自分たちは戸外で洗っていると言って、日本の家庭の便利さに驚いていたようです。
夕食のあとは連日の強行スケジュールで疲れているようだったので、10時頃布団に入ってもらいました。
翌朝出発が早かったので、5時半には起床してもらいました。 時差の関係で朝食も余り進まないようで、簡単に済ませて会長宅へ向かいました。
今回の一泊ホームステイでは夕方おそく到着して、翌朝早く出発する日程で、生徒たちには大変だったと思います。我が家では久しぶりの賓客到来で家族一同楽しませていただきました。生徒たちが家に来るまではあれも、これもと色々家族で計画をたてていましたが、時間が限られていたため十分なおもてなしが出来ませんでした。
初めてのホームステイ受け入れでホスト役を勤めさせていただき、貴重な体験をさせていただきました。 有難うございました。
エル・エンジェル校生徒たち4名は東京、神奈川地区滞在の最終日に会長に引率されて海老名市長を表敬訪問しました。
市長はかねてから当協会のネパールでの活動に理解を示されていて、公務多忙にも拘わらず30分程生徒たちとなごやかに歓談されました。
海外とくにネパールのような後進国での教育に関心をもっておられる市長から生徒たち、同席したボランテイアの方々に概ね次のような発言をされました。
| イ | ネパールでは日本の昔の良き教育が行われているように思われ大変喜ばしい。 |
| ロ | 日本は世界でも指折りの物資豊富な国になったが、その反面物を大切にしたり、他人を敬うといった心の教育が欠けてきたように思う。 エル・エンジェル校の生徒たちに会って、物資が豊かでない環境でも学業に励み、物を大事にしようとする心が伝わってきて、教育の原点を見つけたように思う。 |
| ハ | 自分は教職の経験があり、ネパールのような後進国での教育に強い関心をもっている。来年は何とかしてエル・エンジェル校を訪問して生徒たちが学業に励む様子を自分の目で確かめたい。 |
生徒を代表してサビナさんが市長に以前学校に寄贈された「海老名歴史絵巻パネル」のお礼を述べました。
最後に市長から生徒たち一人一人に海老名市の地図、歴史を記した資料と七宝焼きの小さな楯をおくられ、市長を囲んで記念写真をとりました。
次号のお知らせ
10月26日付の広島中國新聞に生徒たちが原爆資料館を見学している様子が掲載されて、広島テレビでも放映されました。
今回エル・エンジェル校の生徒たちは福岡、広島地区も訪問しましたが、その様子は次号のボランテイア便りでお知らせします。
7月12,13日城内高校文化祭で今年もパネル展がありました。来年4月の統合に向けてのクラス削減の為JRC部員も4名と人手不足のため展示とセルフサービスによるサリーの着付けで行われました。会場には遠く他県からや女学校時代の卒業生の方ご近所の方外国の方、父兄と色々な方に来て頂き、約30名の方にサリーを楽しんで頂きました。又PTAの方で積極的にエル・エンジェルのPRをしてくださった方もいてとても励まされました。機会があればエル・エンジェル校見学の楽しさも体験して頂きたいと思いました。
大分の大内小学校の児童たちが、ノートや鉛筆などを集めて、エル・エンジェル校の生徒に使ってほしいと、運動会のパネルなどと一緒に送ってくれました。
文房具は会長の手で各クラスの代表に渡されました。それから文房具に添えられた児童からの手紙を会長が読み上げ、パネルの紹介がされました。日本とネパールの子供たちの優しい思いやりの交流が広がったようで、もっと大きく広がると素敵だと思いました。
前回エル・エンジェル校の授業を見て教材の必要性を感じた方の寄贈によりラジオの組み立てセットを持っていき、日本人ボランティアが9年生(高校1年生)にラジオの原理について授業をしました。電池のいらない鉱石ラジオの組み立てセットは、教材としてベストとのことです。それから一人ひとりにセットが配られ、袋から部品を取り出し、小さな部品の数をしっかり確認することから始まりました。
細かい組み立ては大変な様子でしたが、日本人ボランティアが付き、行き届いた指導ができ完成しました。皆、自分のラジオを持って嬉しそうでした。
ラジオから音が聞こえたと歓声があがり喜びの輪がおおきく広がった瞬間でした。
・今回の授業についての感想
番組がきけて自分の作ったものを使えてハッピー。セットを持ち込んでの初めての授業がハッピー。本とかいろんな物を持ってきてもらってありがたいが、本からの知識でなく実際の教材を持ち込んで組み立てができて嬉しい。(教師)
ちょっと難しかったけれど楽しかった。とても面白かった。ラジオを作ったのは初体験なので難しかった。もう一回やってみたい。違うタイプのすこし難しいラジオをもう一度作ってみたい。(男子生徒)
とても良かった。大きいラジオを作ってみたい。幸せでロマンチックな授業でした。(女子生徒)
このクラスでもラジオのメカニズムを知りたい。ここでも教えてほしいし、いつくるのか。(7クラスの生徒)
有志の方が足踏み脱殻機とモーターで動く脱殻機2台を日本で解体し、ネパールに持ち込まれました。エル・エンジェル校の校庭で暑い中長い時間をかけて熱心に組み立てられ、ようやく運転出来るよう完成しました。干した後の稲を少し持ってこられ、脱殻機に入られました。足踏みをし、稲を入れアットいう間にもみと藁が分かれました。今まで現地の人は、稲を棒でたたいたり、打ちつけたりしてもみを取っていましたけれどアットいう間にきれいにもみがとれてびっくりしていました。ネパールでどんなに威力を発揮するか想像するだけでワクワクしました。脱殻機をご寄付くださった方にお礼申し上げます。
7年前、私は始めてネパールに行かせていただきました。
ラマチョール村を訪ねたとき、子供たちがたくさん集まってきたことに驚きました。
服装はボロボロで、裸足でした。
テレビで難民の子供たちの放送をしていても、大変なのだと思っても人ごとだと流していました。
子供たちは、笑顔で私たちを迎えてくれました。私は笑顔にびっくりしました。
なんでこんなに笑顔で迎えてくれるの?毎日の生活が大変で苦しいのに何も言葉がでませんでした。
私は豊かな日本で生活していて他の国がどんなに大変なのか考えたこともありませんでした。
先生が村の人たちと話し合いをしていました。「ここに学校を建てよう」ここに?
ここにもし学校が建ったら、子供たちは喜ぶだろうなー、村の人たちが幸せになってほしいと思いました。
私が、一番驚いたのは子供たちの成長です。
最初のころの子供たちは、服装はボロボロ、裸足でした。
まだかわいらしく、私たちが村に行くと子供たちが大勢集まりござを持って来て「座って、座って」といってくれ、折り紙を折ったり歌を歌ったりしました。そのござも穴がいくつも空いていました。私のひざに座ったり、手をつないでくれたりして私を暖かく迎えてくれました。
アメを配るときアメをもらおうと一生懸命、手をだしてきたことに驚きました。
子供たちはいつも笑顔で接してくれ、励ましてくれました。子供たちの笑顔を見「がんばろう」と思いました。ありがとう
今の子供達はエル・エンジェル校のりっぱな生徒に成長しました。以前みたいに子供たちが集まって来なくなりました。うれしい反面さびしい気持ちもあります。
授業を見学したとき、みんな元気よく私にノートを「見て」と話をしてきました。
短い鉛筆を使っているのが印象的でした。物を大切に使うことを教えられた気がしました。
以前はキョロキョロとする生徒たちがいましたが、現在はみんな真剣に授業を受けているように思いました。
今では裸足の子供たちはいなくなりました。
靴を履いている生徒がほとんどで驚きました。
子供たちが一生懸命に勉強している姿を見、頭がさがる思いでした。
将来の夢を聞くと、いろんな夢をいってくれました。私は学生の時、夢など全く考えたこともなくただ学校生活をなんとなく送っていたように思います。私ははずかしかったです。子供たちの夢が叶うといいと願っています。
給食や制服着用がはじまり、子供たちはうれしそうでした。
生徒もだんだん増え、1階から2階、3階へとなりました。
学校への道のりもだんだんよくなってきました。以前は道が悪く、石がゴロゴロ、時には溝にはまり、タクシーを押すときもあります。
タクシーも待たしていました。(またきてもらうと大変なので)
今では学校までの道のりがずいぶん楽になっているように思いました。
学校がどんどん大きくなり、子供たちがスピードで成長している姿を訪れる度に見せていただきました。
私は学校の3階に少しの間滞在していました。
電気や水道がたびたび止まってしまうことがありました。
そのたびに「またか」と思っていました。
話を聞いた所、「ポカラの町はついているときでもここはダメなんだよ」と教えてくれました。私は「どうしてよ」思いました。
村の人たちも困るだろうなーと思いました。
買い物も下まで(バスで1 時間位、いつも満員で屋根まで人が乗っているので尻込みするとのれません。)行かなければ買うことができませんでした。
村で暮らすことで、村の人の大変さがほんの少しだけでもわかって良かったと思いました。
私にとって宝物になりました。
その村の優秀の生徒四人が日本にきました。
日本に来て楽しいひと時を過ごし、時間があっという間に過ぎていきました。
一緒に楽しむことができて本当にうれしかったです。
今頃はどうしているのだろうと思い出しています。
素敵な思い出をありがとうございます。
来年も生徒たちが日本に来れるといいなーと思いました。
エル・エンジェル校の生徒たちが将来いろんな所で活躍できることを祈っています。そして幸せになれますように!
前回にも書きましたが、サンデベシ村に行くには橋がないため川を歩いて渡り、車がやっと一台通れるデコボコの山道のずーと奥にあります。
雨季の時は川が増水し渡れずいくことが出来ません。今回は開校式を行う予定でしたが、ゲリラが頻繁に出没しとても危険な状態だということで村の人に行くことを止められました。開校式の為政府の人が来てくださっていましたが、学校へ行くことが出来ない私たちの為に、花束を持って村の有力者や先生方と共にホテルまで来てくださいました。
学校が完成し新しい明るい校舎で子供たちが喜んで授業を受けているとの報告を受けました。
エル・エンジェル校に通っている9年生にどうしてエル・エンジェル校を選んだかを質問しました。
・英語の授業を行っていること
・質が良くレベルが高いこと
・月謝が安いこと(ラマチョール村、及び貧しい家庭の子は無料)
どの子にも共通していました。
英語教育、ハイレベル、大切な教師の質、会長の教育理念が、多くの生徒をエル・エンジェル校にひきよせています。開校当初の生徒は68名でした。9月30 日現在324 名です。
諸機関の援助又ボランティアの皆様の援助で運営され、生徒たちが目覚しい成長を続けています。お弁当を持って来れない子が多い中、給食制度を取り入れました。現在皆様のご協力で給食を継続しています。お一人お一人の心がエル・エンジェル校の生徒達の成長を支えてくださっていることを感謝いたします。サンデベシ校、橋、インドの井戸と多岐にわたりボランティア活動を続けさせていただいている私達ですが運営の大変さをご理解いただきよりいっそうのご支援を頂きたく振込用紙を同封いたしました。どうぞ宜しくお願い致します。
尚、給食制度、奨学金制度にも引き続きご支援をお願い致します。
郵便口座
口座名 特定非営利活動法人エル・エンジェル
口座番号 記号 10290 番号 68107191
10月には皆様がおいでくださりお世話になり有り難うございました。皆様にお会いできとても嬉しく、アッという間の時間でした。
こちらはとても朝晩が寒くなり、ストーブが必要になりました。星がとてもきれいに見える季節を迎えたのですが今年は曇り空が多いようでまだあまり見えないのが残念です。学校に行くにはバスを使いますが、時間通りに来ないので待つことが多いです。今はゲリラの件で学校に行きづらいところです。
エル・エンジェル校の生徒(4人)がやってきました。海老名で福岡で広島で皆さんが待ちかまえて歓迎してくださいました。会長の「生徒を連れてくる」ということにびっくりしました。毎日、4時間も5時間も6時間も7時間も勉強して頑張っている生徒たちでした。
ハードスケジュールの中、体調をくずすこともなく日本をエンジョイし、無事10月26日帰国致しました。大勢の方のお心づかい、ご協力をいただきました。本当にありがとうございました。