エル・エンジェルボランティア便り 第12号 (2001年09月)





涼風が立ちはじめ、いちにち一日と大気が澄み さわやかな初秋になりました。夜には十三夜、十五夜、十六夜とそれぞれに美しい姿の月が 私たちをおとぎ話しの世界に誘ってくれます


もくじ
○ 生徒が400人になる!!
○ ポカラにある総合大学を訪問しました
○ 今回学校に行って
○ 郵政省よりの平成13年度の助成金についての報告
○ 給食を思う
○ 給食キューピットのお願い!
○ 日本の柿が実をつけました
○ 岩下駐在員より聞きました
○ ネパールの学校     田村明子
編集後記


○ 生徒が400人になる!!
 エル・エンジェル校で学ばせたいと願う親が大変多くて、駐在員は希望者の入学決定に大きな苦労をされ、熟慮の選考の結果この人数になったということです。日本では考えられないほど遠方からの入学希望もたくさんありました。教室から溢れるような生徒が窮屈そうながらも活気に溢れ楽しそうに輝いて学んでいました。
 エル・エンジェルボランティアの理念をつたえ、教育に熱心で優秀な教師の採用をこころがけてきたので、教師たちの指導能力もたかく、エル・エンジェル校の生徒の教育程度の高さがひろく認められ、評判を呼んだのだと考えられます。
皆様のあたたかい援助の心が生かされ、見事に実を結んだ成果といえるのではないでしょうか!
 校庭の草木も大きくなり、生徒達の制服の着方もしっかりしてきて,エル・エンジェル校で学ぶ生徒としての誇りと喜びに溢れているように見えました。
教育の大切さと力の大きさを感じさせていただき、エル・エンジェル校のさらなる発展を祈り、皆様のご協力をお願いいたします。

○ ポカラにある総合大学を訪問しました
 エル・エンジェル校で教えて頂ける、優秀な教師を紹介してもらうことができたらとの思いで7月に6名で訪問致しました。
 学長の言われるには,優秀な学生は教師にはならずコンピューターなどを学び,海外に行ってしまうということでした。
 ネパールの経済状況や教師に対する待遇等を知ると、仕方のない事かもしれませんが、エル・エンジェル校の生徒が大学で学んだのちに教師として戻り、子ども達の教育に携わってほしいものです。エル・エンジェル校から、大きな理念をもち国や世界の将来を考えるような人が育っていくことを心から願いました。

○ 今回学校に行って
 7月に、エル・エンジェル校を訪れました。生徒達が大変しっかりしてきたように思います。 今まで私達日本人が行くと、すぐに寄ってきて、それはとても親しみの笑顔で迎えてくれました。 学校の生徒というより、久しぶりに会った親戚の子供たちという感じでした。 それはそれで私達もとても嬉しかったのですが、今回は恥らうような態度とエル・エンジェル校の生徒だという誇りをもち、シャンとした姿勢が身体全体からただよっている印象をうけ、アー、子供たちが成長したんだなーと感慨深い思いでした。 
 子供が大きくなって自立を始め、嬉しいような淋しいような複雑な思いをしている親のような気持がしました。

○ 郵政省よりの平成13年度の助成金についての報告
ボランティア預金配分総額        2463千円
[小学校の運営、職業技術センターでの縫製技術指導[ネパール]
 [項目]
・教員人件費(教員 : 5人×12か月)             746千円
・ 現地指導者人件費                       118千円
(編み物・ミシン指導者 : 2人×12か月)
・日本人スタッフ滞在費(1人×12か月)           1,035千円
・日本人スタッフ航空運賃(関空―ポカラ : 1人×一回)     151千円
・図書室整備費                          122千円
・理科室整備費                          291千円
                              計 2463千円
※ 航空運賃には、空港使用料、査証取得手数料、日本国内交通費等の諸費用は含まない。

○ 給食を思う

生徒達のお弁当をみて給食の大事さを思い、蒸しパンから始めました。 今は立派なオーブンとパンをこねるミキサが据えつけられました。 
 シャングリラホテル(ポカラで一番大きい)のパン職人さんが教えて下さり、おいしい食パンが焼きあがっていました。 一人一切れ(二切れ分の厚さ)バターがたっぷり入って、とてもおいしく低学年には腹持ちも十分のようでしたが、体の大きい高学年には足りない量だと思いました。 私達が行ったとき、シャングリラホテルの職人さんが同行して新しいパンを講習して下さり、あんぱん大のパンが焼きあがりました。 上に少し甘いものがのり、とても食べやすく生徒達の喜ぶ顔が浮かぶようでした。
せめて一人二個づつ配ばれたらというお話しでした。 ただ生徒が急激に増えた(400名)ことで給食を継続することは大変ですが、作る人は二人でオーブンも大きく立派なのだから頑張って使いこなしてほしいし、又皆様のご協力をいただいてどうしても継続していかなければと思いました。
 そのとき焼きあがったパンは村の一軒一軒に配り、食べていただきました。 そして、商品になったら買って下さいと一言添えて学校の周りに集まった人たちにも食べていただきました。 技術を習得しラマチョー村でパンが売れるようになると村の人が自立できるとおもいます。
少しづつ村の人たちの生活も向上してきているのではないかと思いました。 平均寿命が短く、身長も低い人たちが多いようで食べ物がどんなに大切かを思いました。



○ 給食キューピットのお願い!
昼食のお弁当を持ってこられなくて水を飲んで過ごしている子供たちが多くいることから、皆様のご協力でパン1ケとバナナ一本を配給する給食制度がスタートし、今日迄、続けることが出来、
190名全員揃っての楽しい昼食時間となりました。それ迄の不平等さを解消できたことにより、勉学においてもカーストを越え、平等に学べるという意識が向上心を育んでいるように思われます。
しかし、この7月新学期を迎え、生徒数も400名となり給食キーピットの拡大募集をせざるをえない状況となりました。
“どの子も平等に昼食を”との願いからスタートした給食制度です。
この制度を安定的に継続していくために皆様方の一層のご協力をお願いします。
給食の募金箱を作りますので企業や店舗等に置いて頂きたいとおもいます。
又、周りの方々にもご協力のお声をかけて頂きますよう宜しくお願い致します。そのために資料等が必要な時はお気軽にお申し出ください。お送りさせて頂きます。


○ 日本の柿が実をつけました
 日本から持っていった柿が根づき、青い実をつけました。実が赤くなり食べられる日が待ち遠しいです。ラマチョー村に柿や桜がたくさん増えると嬉しいと思います。

○ 岩下駐在員より聞きました
 ネパール国王の死去の時は、生徒も来なく店も閉まり、10日間位情報が全く入らないので困ったそうです。 幸いなことにエル・エンジェル校も生徒も無事で、7月から新学期を始めることができました。
 技術センターでは、生徒の制服が作られており、冬のセーターも編まれています。
しかし、農繁期のため農業に従事する人が多く、作成が遅れているようです。


○ ネパールの学校     田村明子

 社会人の今、勉強が仕事の学生を羨ましく思うことがあります。私が生徒だった頃、学ぶ楽しさを知らなかった頃、どんな表情で席についていたのだろうか?一夜漬けの試験勉強。こんなこと覚えたって実生活には役に立たないわよーとへりくつ言って、勉強しない言い訳。知識を覚えることが大切なのではなく、知識を吸収する過程が大切だったのでしょうね。知らなかったことを知る喜び、わからなかったことがわかる楽しさ、出来なかったことが出来る嬉しさ、そういうことを味わっていたら、と勉強嫌いの学生時代を後悔します。
 母は、そんな私を勉強させるのに、相当苦労していました。なだめてみたりすかしてみたり怒ってみたり。「勉強しなさい」といつも私に言う母に向かって、「お兄ちゃんには遊びに行きなさいっていうのに、どうして私には勉強なのよ!不公平よ。」と口答えをし、全然言われることを理解していない私でした。勉強しなさいと言える立場ではないけれど、学生達には限られた時間を楽しんで学んでいってくれたらなーとしみじみ思います。大人になっても勉強しようと思ったら出来ないことはないし、貴重だからこそ楽しめるということもあるのでしょうが、やはり時間が限られます。能力の衰えも感じます。
 
 さて、01年4月に3年半ぶりにネパールのラマチョー村を訪問し、子供達が学校を楽しんでいる様子を実際に見て嬉しかったです。ピアニカと笛が日本の小学生から贈られ、それを使って6年生のクラスで授業もしました。生まれてろくにおもちゃも持っていないこの子達にとって、楽器は珍しくみんな大興奮。現役中学生の舞ちゃんが吹き方を教える前に勝手にぷーこら音を出し始めます。そのエネルギーに圧倒され、とにかく静かにさせるのに必死。少しずつ舞ちゃんが吹いた後を子供達が吹く。出来る子はどんどん覚えて聴いて聴いてと。自己主張が強いんだと、ちょっとまってよ順番なのよとむっとしてなだめる。それぞれが勝手に吹いて吹き方の説明を聞かないので、静かにさせようと「静かにー!」と最後はヒステリー。しーんと静まり返った教室の隅からファファミミレドとたどたどしい音が静かに響きわたった。聴いていないね、君は、とまたムッとしてしまったが、怒るのも恐縮するぐらいのその子のたどたどしい演奏に、(たどたどしいリズムがちょうどいい早さだったので)「グッド、グッド、そのリズムよ」と(でも今は途中を練習しているのにまた最初から吹き始めて、君は全然説明を聞いていないね)皮肉っぽく静かに言った。それでもその子は誉められたと少しはにかんでにっこり微笑んだ。その表情がかわいく、私のヒステリーも少し収まった。この時は笑顔も消え教えるノルマばかり考えて、子供達に楽しんで学んでもらおうという配慮に欠けていたことを後で反省。
 授業の後、子供達が詰め寄ってきて、「日本人が日本に帰ったら、楽器は職員室に置かれたままで自分達が吹く機会はないから、家に持って帰りたい!」と自己主張。やっぱり先生が吹けないと指導も出来ないからそういうことになるのかもしれないが、岩下さんを呼んで子供達を説得。はー圧倒されっぱなし。
 隣のクラスに行き、今度は笛。学校の先生にも練習してもらいましたが、子供達の方がきれいな音を出していました。舞ちゃんが吹いてみせ、みんなが真似していく。でも笛の場合は、手の小さい子にはちゃんと穴をふさげない為、途中で笛をもってぼーとする子も数人。他のメンバーも子供達の間に散らばって、ちゃんと指が穴を塞いでいないところを直していきます。クリーム色の笛の穴の周りは黒ずんできて、力を入れて押さえている指をずらそうとすると笛をくわえたまま目玉だけをキョロキョロ、真剣な表情。屈んで子供の頭近くに顔を寄せた時、家畜の臭いがしました。
 空き時間で学校の周りの家を見せてもらいました。家といっても隣にいる牛小屋と同じくらい大きさの土の家(小屋)だったり、夜につけている様子のちびた蝋燭があり、数枚の食器が土間におかれた何を食べてるのか検討もつかない台所らしき空間。鶏を飼って畑があって二、三間部屋がある所もあったけど、何人で暮らしているかと考えると余裕があるとは言えないのでしょうね。
 私の常識でピアニカや笛に大興奮の子供達に、言うことを聞きなさーいと思い通りに動かそうと叱りつけてしまったけど、本当に本当に押さえようもない喜びで体がはちきれんばかりだったのかもしれない。マジギレしちゃってごめんなさいね。
 最後に、次回は器を大きくして優しさをもって接することが出来るように、又、ラマチョー村の子供達の幸せを心からお祈り致します。


以上



病む母に
  かはりてしまふ
       秋すだれ簾

うすもの羅を 
  着てたよりなき
       裾さばき

笛太鼓
  風に流され
       祭はも鱧


                                    レイ作

編集後記
 今年の夏は各地で記録的な猛暑となり、国内で水不足のニュースも聞こえ、水の大切さ
をあらためて思い知らされました。 何気なく毎日あたりまえのように使っている水ですが、このようなことが日常の生活のなかで、あたりまえとなっていることが散見された夏でした。 

発行所  エル・エンジェル国際ボランティア協会
〒243-0406
神奈川県海老名市国分北2-17-16
Tel046―236-0001
Fax046―236-0002
イラスト   前迫
編集担当   山梨 陶山 岩田 竹内


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