エル・エンジェルボランティア便り 第10号  (2001年3月)





地面の下では、あらゆる物が動き出し、その力が木々を伝い新しい芽に息吹を与え、そして美しい花々を咲かせています。又、冷たい風に変わり春風がそよぎ、四季の中でもっとも宇宙のエネルギーを感じられる季節となりました。


もくじ
☆ボランテイア便り第10号を迎えて
☆中学校認可にむけて
☆これからの給食について
☆野菜や果物等の貯蔵庫の要望があります
☆ゲストルームの完成
☆6の5担任ネパール報告
☆エル・エンジェルボランティアでネパールに行った人達の感想をききました
☆大地震被害地に愛の手を
☆編集後記

☆ボランテイア便り第10号を迎えて

 皆様のあたたかいご支援とご協力により、このたびボランテイア便り第10号を発行することができました。
1998年11月に第1号を発行してから、2年余経ちその間にラマチョー村及びエル・エンジェル校は大きな発展を遂げて参りました。 
 開校当初にくらべて生徒数は約3倍に増加し、建物も2階、3階部分の増築も完了しました。
 技術トレーニングセンターでは村の女性たちが、ミシンによる縫製技術や編み機の技術を習得しつつあり、セーターやベストなどがすでに商品化されました。 また、今まで一日一食の食事さえ満足にさせてもらっていない子供たちのために給食制度を導入したり、上級の学校への進級を希望する子供には奨学金制度も開始しました。
 このように皆様のあたたかいお心により、村が活性化し、子供たちが生き生きと学んでいる様子をお伝えさせて頂ける幸せを感じています。
最近では学校から30分ぐらいのところに、広い国有地の譲渡がきまり、グラウンドとして使用するほかに鶏や山羊を飼育し、又、農産物の貯蔵庫を建設し、村人の自給自立を支援していくことも計画しています。
 村の有力者で構成する運営委員会(コミュニティ)を中心に地域住民の自主的な活動をさらに推し進めて、4-5年後には学校運営も現地の人々に完全に移管し、地域住民の経済的自立ができることを目標にしていきます。 このような長期的展望をもちながら活動を進めていきたく、皆様の一層のご協力とご理解を賜りたいと思います。


☆中学校認可にむけて

図書室と理科室(実験室を含む)が揃えば、エル・エンジェル校が中学校として認められるので整備をしてほしいと、コミュニティから要望がありました。6月には小学校卒業の生徒もでるので、早急に整備の必要があります。
ネパールの学校は、一般的に小学校から高校までの10クラスで運営されているので、エル・エンジェル校としても、今まで以上の充実を図りたいと考えています。


☆これからの給食について

皆様のお陰で約190名の生徒(前年と比べ生徒数が倍になりました)に蒸しパンとバナナの給食が始まりましたが、時間的にも設備的にも限界の状態です。
生徒の増加に対処することと、生徒の栄養面を考えパン焼き機のさらなる整備の要望があります。給食により栄養面の充実をはかると、結核や皮膚病などの栄養不良による疾病の予防ができます。また学校への出席率の向上がのぞめ学習効果が大きくなります。
 昨年11月の訪問の折、ポカラ市の有名なシャングリラホテルのシェフより、パン製造の技術指導とパン焼き機の設置や整備等にたいするアドバイスの約束がいただけました。村人がホテルに通って学び技術を習得するというものです。
生徒の給食用が当面の目標ですが、近い将来に住民自身の努力や意欲によりパン製造技術を確実にすることができると<ネパールで評判のシャングリラのパン>として、販売の了解を得ています。パン焼き製造技術の習得で働く場が得られ、働く意欲がでてくるので村人の経済的自立に大きく役立ちます。


☆野菜や果物等の貯蔵庫の要望があります

ジャガイモや人参、リンゴや梨等の収穫がされても、貯蔵設備がないために腐ってしまったり安く売ってしまうしかない現状から貯蔵庫の要望がありました。品物のないときはカトマンズやチトワンから空輸されるため大変値段が高くなってしまうので、買えない人達が多い状況です。
貯蔵庫ができれば、多くの人々に安価で新鮮な食糧の安定供給が図れますので、すすめたいプロジェクトだと思います。現在、援助金等の公的支援の方向もあたっているところです。
皆様のご意見,ご協力をお待ちしております。


☆ゲストルームの完成

校舎の三階部分に造っていたゲストルームが完成しました。
今までは、ポカラのホテルからタクシーで、1~2時間位かかって学校まで通っていましたが、これで安心して、長期滞在をしていただけます。
生徒達に、日本語や英語・ダンス等、又トレーニングセンターで村の女性たちにミシンや編み物など、教えて下さる方を広く募集しております。滞在にはゲストルームをご利用ください。


☆6の5担任ネパール報告
11月にネパールへ行かれた福岡県波多江小学校の川島先生から、ネパール報告をいただきました。
川島さんの思いが、紙面いっぱいから伝わり、ボランティア便りにのせ、皆様にその思いを一緒に味わっていただきたいと思いましたが、原稿が多いため一部分だけを掲載させていただきました。初めて参加されたフレッシュな思い、感動をぜひ、御一緒に味わっていただきたいとおもいます。
この報告書を御希望の方は送らせていただきます。御連絡下さい。
                                    
◎ 川島先生ネパール報告記より抜粋

  ふりかえると,子どもたちとネパールのラマチョー村の子どもたちとの交流をはじめたのは,昨年の2月のことでした。この交流活動も約1年が経とうとしています。『5の5』だった子どもたちが『6の5の子どもたち』になり,そして,いま,卒業を迎えようとしています。
 この1年間,ネパールの子どもたちとの交流活動は,断続的とはいえ,6の5の大きな取り組みとなりました。
  何より感謝しなければならないのは,子どもたちに世界を身近にさせ,『直接,会ってはいなくとも,海の向こうに自分たちの友だちがいる?』,『いつか必ず会えることを信じている。』という喜びを与えてくれたことです。
  「ネパールの子どもたちと友だちになってほしい。」とこの交流活動を提案したのも,『6の5のこどもたち』と『ネパールの子どもたち』の『かけ橋』となっていただいた下條さん。
 確かに,今回のネパールの学校訪問の成果は,6の5にとって,「実際にネパールの子どもたちと会えるかも知れない。」という夢が実現する可能性がより高くなったこと,6の5の担任として,子どもたちのビデオレターを持って参加し,ネパールの子どもたちに直接会ってみんなの気持ちを伝えることができたことです。
・・・・・・。

2.「ずっとお父さんと一緒にいられるね。」

  この言葉は,下條さんの小学校2年になられる息子さん,こうき君が出発前に下條さんに言った言葉です。この言葉をわたしは,飛行機の中で聞かせてもらいました。「よかったですね。すばらしい言葉をもらいましたね。それだけでこの旅の目的がひとつ達成できたようなものですね。」とわたしも一緒に喜びながら,わたし自身のことも考えさせられました。
 わたしは,3人の子どもの父親ですが,子どもたちが小学校の時代,ほとんどわが子に対して父親らしいことをしたことがありませんでした。(いまもかも知れません。)教師という職について,独身時代から,休みの日には,学級の子どもたちとは山に登ったり海へ行ったり,学校が終わっても子どもと遊んだり,保護者の誘いがあれば飲んだり話したり,そこで,子どもたちと遊んだり,先輩の先生に行ってはいろんなことを教わったり,結婚してからもそんな日々の繰り返しでした。それが当たり前だと思っていましたし,
「教師ってそんなもの。」と思っていました。それが間違いだったと思い知らされたのはわが子が小学校高学年になってからのことでした。「お父さんは,ぼくたちより,学校の子どもたちの方が大切だったもんね。」と,1年前,息子は16になって初めて本音をわたしに語ってくれましたが,父と子の関係を取り戻すには,いましておかなければならないことをしておかないとその何倍の時間がかかってしまいます。そして,いまそこに取り組んでいるのところなのです。
・・・・・。

 「ありがとう? わたしの友だち6の5のみなさん?」
もちろん日本語です。わたしの言う通りに子どもたちは言ってくれます。その上手なことといったら,次から次へと教える日本語を一発で覚えていくのです。わたしも乗りに乗って大きな声で,叫びました。
  「ありがとう?」『ありがとう?』「わたしの?」『わたしの?』「友だち?」『ともだち』「6の5の?」『6の5の?』「みなさん?」『みなさん?』
「オーケーオーケー。」『オーケーオーケー。』「ちょちょっと待って? そこまで真似しなくてもいいよ。」とあわてて止めました。そして,本番です。下條さんのピデオカメラのその向こうでラマチョー村の子どもたちの反応を待っている6の5の子どもたちに向かって,メーセージを届けます。

  「ありがとう? わたしの友だち,6の5のみなさん?」
 その声はとても大きく教室に響き渡りました。わたしには,その声が遠く日本にいる子どもたちに届いたように思いました。「ありがとう。本当に楽しかった。幸せです。」とお礼を言って,教室を出ました。心は何か『終わった。やりとげた。』という満足感と充実した時間を過ごした喜びでいっぱいでした。「お疲れさん。」と声をかけてもらって,にっこりと笑える自分がありました。授業は,教師だけでは成立しません。子どもの協力なくして成立しません。わたしは,『授業の原点』に立ち戻らせてもらった気がしていました。言葉は通じなくても心は通じました。それは,学校に行けない子どもたちが,勉強ができる喜び,勉強したいという願い,勉強をすることが自分たちの生活を切り開くことにつながっていることが,子どもたち自身分かっているからだと思います。子どもたちの気持ちは,きっと6の5の子どもたちに伝わる確信を持てたひとときでした。
 いっぷくのタバコがおいしかったこと? 階段の近くの椅子に腰掛けながら,授業の余韻に浸っていると,子どもたちが教室から次々に出てきました。下校の時間です。そのとき,「アイムヴェリィハッピイ?」とひとりの子どもが言ってくれました。わたしも手を取って返しました。すると,子どもたちが次々に,「うれしかった。」と握手を求めに来てくれたのです。「ありがとう。うれしかった。」とわたしは何度も繰り返しながら,教師になってこんな幸せの時間を過ごしたことはないというほど満ち足りた気持ちにさせてもらいました。子どもたちのビデオレターはすばらしい力を持っていました。全員の子どもたちと握手を交わした時,空を見上げました。山の中にあるラマチョー村の空は狭く見えます。でも,確実にその空は,6の5の子どもたちが見上げる空に続いている。その空に向かって,『ありがとう? すばらしい時間をもらったよ。みんなの気持ちはラマチョー村の子どもたちに届いたよ?』と,心の中で,思い切り叫びました。6の5の子どもたちまで飛んで行く見えない声をいつまでも追いかけていました。
・ ・・・・。

  「川島さん,いよいよですね。」と声をかけられ,コクピットに行きました。その時に見た本当のヒマラヤ山脈の色はいまでも忘れられません。目の前に飛び込んで来たのは,光りでした。白い光りです。そのまぶしさに慣れるとともに,見えて来たのは白とスカイブルーの世界。ヒマラヤのいただきにかぶる雪,かかる雲,その白さが太陽の光を受けて輝いているのです。そして,空の色が山肌の色まで青く染めているのです。思わずシャッターを切りました。『写っていてくれ? 写っていてくれ?』と祈りながら。ヒマラヤは『神の台座』だと本当に思いました。そして,わたしが初めてテレビでヒマラヤ山脈の誕生の秘密を知ったあの番組の曲が頭の中をコクピットを出てからも流れていました。
  観光に来た訳ではない。だから,ヒマラヤなんて見て喜んでいては,みんなに申し訳ないという気持ちが,実は,心の隅にポカラを出てから,ずっとありました。でも,この光景は地球の歴史のまさにひとつの事実です。わたしはこの地球に生まれたひとつの生命。地球のすべての生命は,みんな宇宙船『地球号』に乗って宇宙を旅する乗組員なのです。
  ちっぽけな心の持ち主のわたしが,またそこにありました。出会うものすべてが,研修であり,学びなのです。『そうだ? 地層だ? 海の底だった証拠,地層はどこだ?』
必死で,ヒマラヤ山脈の斜面に地層を捜しました。
  『あった? はっきり見える。』 この目でわたしは,巨大山脈誕生の秘密を見たのです。夢中でシャッターを切りながら,心の中で祈ります。『写っていてくれ? おれの心に焼き付いたこの光景を子どもたちに見せたいんだ?』と%%%%%%%。

☆エル・エンジェルボランティアでネパールに行った人達の感想をききました

〇 山の中から突然あらわれた素晴らしい学校と大勢の人達の歓迎に感激しました。こんなに喜んでくれているということが素直につたわり私も一緒に喜び合いました。

〇 とにかく一週間ゆったりとした時間がながれ、不思議な気持ちでした。穏やかな楽しい時間で懐かしいです。

〇 娘は食事のとき「ネパールのこども達はなにを食べているかしら」と言います。人をおもいやる優しいきもちが育っていることを有り難く思っています。

〇 子ども達が日差しが強く暑いなかをずーと待っていてくれ、手作りのレイをかけてくれ歌や踊りで歓迎してくれ、私達がきたことをこんなに喜んでくれるのかと嬉しかった。 

〇 主人は「贅沢をしたくなくなった」と言います。まわりを妬まず質素な生活を楽しんで暮らしているようです。

〇 梅雨の季節に行ったのに、私達の行くところ行くところ雨がやんで傘を使うことがなく、本当に不思議でした。先生達が帰られると大雨でそれからも雨ばかりが続きました。

〇 ヒマラヤを間近で見たとき、神々しい山という言葉がぴったりで心が洗われるような気持ちで涙があふれました。何度でもいきたいです。素晴らしい体験でした。

〇 毎日おなじ服を着ているようで驚きました。薄いブラウスの子もいれば、破れたセーターを着ている子もいました。それでもどの子も笑顔が明るく、瞳が輝いているのが印象的でした。

〇 寄附させてもらった自分のお金が確実に使われていることが分かった。もっとさせてもらおうと思った。

〇 石ころだらけの急な坂道を、はだしで歩いている子がいるのに驚いた。

〇 住んでいる家を見せてもらった。小さな小屋という感じでどこにどうやって寝るのだろうと思った。電気もなく、布団も無く、食器がすこしあった。 

〇 ネパールに行って帰ると自分が柔和な顔になっていることに気がつきました。

〇 ネパールにいると娘の吃音が治っている。

〇 ひどい腰痛が治っていました。

〇 目がはっきり・すっきりしている自分に気がつきました。

〇 痛風が心配だったが尿酸値が下がってしまった。


☆大地震被害地に愛の手を

 今年に入って、中米エルサバドルとインド西部で大地震が起き、多くの方々が犠牲になられ、家屋、道路等に多大の被害をこうむったことがテレビ、新聞などで報道されました。 
現地でがれきの山と化したなかで茫然と立ちすくんでいる人々の大変さは想像を超えるものがあります。 被害状況が詳細になるにしたがって、エル・エンジェル ボランテイア グループとして何かお役に立つことはと思わずにはおられません。
 現地で被災されている人々のために皆様の募金をお願いすることにしました。
 ☆ お振込先
〇 郵便預金口座
    口座名    特定非営利活動法人エル・エンジェル
    記号     10290
    番号     68107191


☆編集後記

21世紀をむかえ、新たなよろこびと感謝の心で皆様にボランティア便りをお届けしたいと思っています。たくさんのかたにエル・エンジェルボランティアのおもいが伝わりますことを願って・・・

発行所  エル・エンジェル国際ボランティア協会
〒243-0406
神奈川県海老名市国分北2-17-16
Tel046―236-0001
Fax046―233-2111
イラスト   前迫
編集担当   山梨 陶山 岩田 竹内




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